名無しの兵士による報告

 

 

 ラージェは満足だった。久しぶりに旧知である京香と楽しい一時の上、家にまで宿泊。そして、日本語もテレビと新聞。そして類稀な頭脳で一日を無駄にせずマスターした。

 ちなみに下の方程式で。

 

{京香のおかげ+美殊の売り言葉(売られた喧嘩は買う主義)}×パンダさんとおしゃべりしたい=一四時間後に日本語をマスター。

 

本人に言わせれば、《日本語を覚えられる時間が出来て、嬉しいです!》と、言った感じだが、英語すら出来ない誠は、己の情け無さを痛感してしまうに充分であった。

そのあと、戦国時代で大活躍し、七大退魔家を纏め上げた当時、真神家当主の真神竜(まがみりゅう)之介(のすけ)宗正(むねさだ)と第六天魔王の激戦を京香は話してくれたのだ。超を超えた先に居る魔術師達が憧れるあの真神宗正の偉人伝であり、伝説の超貴重なその宗正著者の日記を紐解きながら語ってくれた。

 

「本能寺を燃やしたのは明智ではなく、ウチのご先祖様なんだよ? しかも、ブチ切れての勢いで? まったく・・・・・・・・・本能寺燃やしておきながら、「しゃらくせぇ!」って、吐き捨てて突貫したんだってさ? あとでペコペコ謝りまくったらしいぜ? 明智に?」

 

 さすが京香さんのご先祖様と、女教皇は唸ってしまう。

 

「あと、叛逆者って烙印押された明智とその九つの息子と娘を真神の屋敷の一つである、裏・比叡山で匿って・・・・・・・・・ほとぼり冷めてから光秀は天海って坊主になったんだと? でぇ、自分が死ぬ頃には息子に天海って名乗らせておく。息子は二代目天海だけど、真神の屋敷で体術も仕込まれていたからな? 関ヶ原の戦いでも大活躍したんだ」

 

「おぉ! おぉぉぉぉお!」

 

「でも、まぁ〜ラージェも知っていると思うけどさ? ほれ? 《七大退魔家》と反対側にいる奴ら? あいつ等? 織田信長の時代やら、ナポレオンやら、関ヶ原やらと・・・・・・・・・・・・まぁまぁ、ハッチャけてくれたわけだよ」

 

 反対側と言う女王の顔には、凶獣すら足元に平伏しそうな獰猛さを浮かべていた。そして、その反対側を《聖堂》も知っている。それも・・・・・・・・・姉の仇たる一味を。麗しい少女の眼にも、隠しようも無い怒りと悲しみ――――そして、憎しみの鬼火が灯る。

 

「名前すら出すのも、嫌気の差す連中ですね?」

 

「あぁ。そいつらはきっと、ハッチャける準備をしているはずだ。ぶっちゃけ――――こりゃ〜戦争だよな?」

 

 言われずとも、女教皇は厳かに頷く。

 

「解りました。女教皇の権限により、《神殺し(スレイヤー)》及び《四色四翼(アーク・エネミー・ウィング)》・・・・・・・・・《スレイヤー》の規制レベルをBへ。《四色四翼》のレベルなら《A》へ。ここまでなら私だけの権限で許可は許されています」

 

 規制レベルは《退魔家》と《聖堂》が和平交渉の際に交わした規定。そして、生活レベル段階をCとして基準し、規制レベルBは《神殺し》達は《聖堂》が張った結界内のみ規制された魔術と《ストッパー》の解除・・・・・・・・・そして《杖》の《全能力行使》を意味する。

正輝と対峙した際の京香は全力ではあったが・・・・・・・・・《杖》に宿る《女神》まではその身体に《降魔》していない。

エノクと対峙した際、駿一郎は《歌い》はしたが・・・・・・・・・《死天使》と、《直結》していない。

アヤメは母親と対峙した際、《降魔》はしたが・・・・・・・・・・・・《杖》を使わなかった。

 《神殺し》は、いまだその片鱗を見せたに過ぎない。そして、久方ぶりに〈全能力駆使〉に〈近い状態〉で闘える事に、京香は獰猛さをさらに深めて笑う。だが、そこから続く言葉を発する時、京香の顔はすぐにすまなそうな表情となった。

 

「悪いな・・・・・・・ラージェ? また《あのクソジジ()》に文句言われたら家に来い。家出なら喜んで匿ってやるからな?」

 

「はい!」

 

 

 そんな約束を交わし、カイン、ディアーナとともに女教皇の塔へと足を踏み入れた。懐かしい結界の温かみに混じり・・・・・・・・・何か、濃厚で――――拭いようも無い不安を掻き立てていく気配が徐々に強まる。

 

「血の――――匂いだと?」

 

 隣に立つカインが眉を寄せて呟く。同時に、愛剣のグラムを素早く組み立てて抜剣。

 速やかにディアーナもラージェの横に移動し、敵への奇襲に備える。

 

 ――――何か・・・・・・・・・とても、嫌な気配が残っています・・・・・・・・・。

 

 ラージェはその気配の不気味さに神経を尖らせる。

 

(まるで――――そう、昔に・・・・・・・・・姉さんの冷たくなった身体と一緒に・・・・・・・・・・部屋に残る魔力の残滓と・・・・・・・・・かすかに交じっている!?)

 

「まさか・・・・・・・・・なのか?」

 

 カインも気付いている。彼自身知らぬ内に魔の血が顕現しかけ、五指に伸びる鉤爪が点滅するように見え隠れする。

 そのまま足早に《女教皇の塔》へ足早へと進むと、そこは戦場の後だった。そして、全てを蹂躙し尽くした痕であった。

 塔の入り口が粉砕され、幾重にも魔術が施された樫のカンヌキすら圧し折られていた。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・ラージェ様が直々に魔術で施したこの門(・・・・・・・・・・・・・・・)を、破壊するだと・・・・・・・・・」

 

 《聖堂七騎士》の長たるカインが唸るのは無理も無い。

 この門を破壊できるほどの魔術師がいるとするなら、迷わず《神殺し(スレイヤー)》の三者。だが、その三名は日本から出ていない。では? この門を破壊できるものは誰だ?

 《聖》の魔力に対して、現世で純度の高い《闇》の魔力を持つ私なら可能だ。そして、自分の頭をカチ割った方がマシだが、巳堂霊児という《聖女》と並ぶ《聖者》であり、《気属性》という《六大属性》全てに干渉する《属性》を持った《聖剣》も可能である。そして、《魔力》を上回る《物理属性》で破壊が可能なレオ・マキシだけ。

 その他の《七騎士》では絶対的に破壊など出来ない。

 《聖堂七騎士》の中で上位三名のみが、女教皇ラージェを守護者であり、同時に敵対者に対して絶対的な破壊者である。

 

「枢機卿長・・・・・・・・・」

 

 か細い・・・・・・・・・今にも死に行くような声にカインは急いで振り向く! 積層鎧には血が付着され、折れ曲がった聖別の剣を杖代わりにし、門の影から出てきた兵士にカインは息を呑んだ。

 あの兵士である・・・・・・・・・よくもまぁ〜胃酸過多にさせるほどストレスを溜めさせた名無しの分際で、ハッチャけた身のほど知らず。だが、枢機卿長としての責務とカイン自身の性格は、倒れそうになる兵士を急いで支えていた。

 

「どうしたのだ! 何があった!?」

 

「ほっ・・・・・・・・・報告を――――」

 

 ぜぇぜぇと荒い息を繰り返しながら呟く兵士に、カインは顔を顰めてしまう。

 積層鎧は兇悪な一撃であろう――――鎧の有無など関係なく、体内の内臓を圧迫していていた。この状態で喋らせるほど、カインは鬼ではない。

 

「喋るな。ラージェ様もいる。そのようなケガなど癒してくださる」

 

「いいえ・・・・・・・・・これが、自分、の・・・・・・・・・仕事であります!」

 

 懸命な一言。

 その必死の熱意を宿らせた双眸に、カインは歯を食い縛り、双眸を閉じた。

 

「貴公の報告・・・・・・・・・《聖堂七騎士枢機卿長》の名に於いて、この心と魂をもって刻もう・・・・・・・・・! 同胞よ!」

 

「枢機卿長・・・・・・・・・」

 

 名無しの兵士は誓約の言葉に、肩を震わせた――――そして――――あろうことか、いきなり立ち上がりやがった。

 

 

「はぁい! それじゃ、みんな! セットして〜!」

 

 

「はぁ?」

 

「へっ?」

 

「えっ?」

 

 旅先から帰ってきた三者が呆気に取られるのすら放置して、どこに隠れていたのかワラワラと聖堂兵士たちが姿を出す。

 

「スクリーンはO.K? あぁ〜ホットドックと売店は? ポップコーン作った?」

 

 仕切り始める名無しの兵士。

 それを確実にこなしていく諸々の兵士たちに、カインは呆然としたまま見ていた。

 破壊されたカンヌキやら門は――――あろうことかセットである。ただ横にずらしただけで真新しい頑強な門が姿を現した。その上、二名の兵士がソファーを用意して、スクリーンの前に配置してラージェ女教皇をエスコートまでしている。

 

「どう言うことだ? これは・・・・・・・・・?」

 

 呆然とした呆然としていたカインの搾り出した声に、名無しの兵士は頭を掻きながら、

 

「いえ? ラージェ様はこの前のミドー卿の報告書を大変気に入っていたので、今回の報告は我々が自作した映画で楽しんでもらおうと思いまして?」

 

(そんな遊び半分の報告書を許す組織があると思っているのか!?)

 

「わぁーそれは楽しみです!」

 

 ラージェの一声に映画を作った一〇〇名近くの兵士たちが歓声すら上げていた。

 

(許される組織が自分の所属する組織だと・・・・・・・・・)

 

 項垂れてしまうカインの横にディアーナは、どうのように慰めの言葉を掛けるかと戸惑うが、そんなカインに名無しの兵士はにこやかな笑顔を向ける。

 

「カインさんだって映画好きって知ってるんですよ? シロートだと思って舐めて見るとビックリしますよ?」

 

 あぁあ!? 激昂寸前で睨むカイン! 《枢機卿長》から《カインさん》という馴れ馴れしさに歯軋りすら隠そうとしない。

 

「それに知ってました? 俺とカインさんって同い年で同じ誕生日なんですよ?」

 

「俺の誕生日は、ラージェ様とレイラ様が聖別してくださった日だ。貴様の誕生日と関係ねぇぞ・・・・・・・・・あぁあ?」

 

 言葉使いすら荒々しくなり、悪魔の血すらコントロールしきれないカインの激情ぶり。横に居たディアーナが小さく悲鳴を上げるが、名無しの兵士はバカか、肝が据わっているのか・・・・・・・・・否、前者が純度一〇〇%のせいであろう――――まったく意に介さず、名無しの兵士はフレンドリーにカインの脇腹を肘で小突いてにこやかに笑う。

 

「またまた? 今度、どっか呑みに行きましょうよ? いい酒場知ってるから、今度腹割って話そうぜ?」

 

(オレハ、イマスグニ、オマエノハラワタヲブチマケタイ!!)

 

 横にいたディアーナはもう、カインの激怒振りにガタガタ震える! 夢魔の女王と対峙した際に見せた闘気など遊び半分と思わせる。

聖堂の聖域でありながら、カインの周囲だけ《魔》と《闇》の空気が急激に集結し、《悪魔化》のシルエットが見え隠れしていた。

 

「《カインはプライベートで対話すれば、いいヤツだ》ってマキシさんも言ってましたしぃ? やっぱ、上司とか部下とかの関係じゃなく、一度は皆と和気藹々とはしゃごうぜ? タメ口でいいからさ?」

 

「【ドノクチデホザク・・・・・・・・・?】」

 

「ひぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃ!?」

 もうカインの声は地獄と直結していた! 奈落の底たる永久氷獄(コキュートス)すら凌ぐ冷たい声音にディアーナは悲鳴を上げて、助けを求めるようにラージェの元に、ガタガタ震える足を懸命に動かした。

 ソファーに座ってポップコーンとコーラを受け取っていたラージェが、ディアーナの悲鳴にようやく気付いて振り向く。が、

 

「仲が良くていいな・・・・・・・・・」

 

 何て、義兄とじゃれ合う名無しの兵士達を見守っていやがった! しかも、義兄の感情を抑えない姿にちょっとした嫉妬すら漏らす眼差しに、ディアーナは頭を抱えている。

 

「【俺はなぁ? プライベートと仕事を分けているんだよ? じゃなきゃ、他の部下達に示しがつかねぇだろうがぁ? あぁぁあ?】」

 

「・・・・・・・・・カインさん・・・・・・・・・」

 

 そこで、シュンとなったラージェが儚げに呟いた。

 

「・・・・・・・・・私との休暇はプライベートではないんですね・・・・・・・・・どうりで・・・・・・・・・・・・私と・・・・・・・・・・・・本当は海外旅行なんて楽しめないって気持ちだったんですね・・・・・・・・・・・・?」

 

 泣き顔一歩手前の顔で見詰めるラージェに、カインは絶叫しかけた。

 

(あれはあなたの《休暇》であり、俺の《休暇》じゃ無いでしょうが!? オレハゴエイトシテツイテイッタンダァ!! ナクナヨ!!)

 

 板挟みになるカインにディアーナ自身、どうすればいいのだろうと途方にくれた。

 名無しの兵士対しては激怒しているのに、ラージェはカイン自身へ向けた厳しさすら不服を漏らしている・・・・・・・・・可哀想過ぎる。どうにか、カインのこの境地を救い出さなければ!

 

「そう! 報告! 報告を聞かせてください!」

 

 話の流れを強引に修正。ただし、まったく解決案には辿り着けないが、ディアーナは仕方がないと腹を括った。

 

「そうだった、そうだった・・・・・・・・・みんな? 準備出来たか?」

 

「YHA!」

 

 元気良く返って来た声に名無しの兵士は満足そうに頷いて、カメラへ移動。そして映画はスタート。

 

 

素人映画でありながら生意気にも八ミリである。

 しかも素人のくせにオープニング曲もオリジナル・・・・・・・・・そして、スタッフの名前が浮かんでは消えるが・・・・・・・・・その中に、信じられない名前にカインは鉄パイプで殴られたような衝撃を喰らう。

 監督、脚本、出演にレオ・マキシと堂々と書かれていたのだ!

 

「おぉい!?」

 

 叫ばずにはいられない。叫ばずにしてどうすんのよ!?

 

(テメェ!? マキシ!! 聖堂第四位! 聖堂騎士第三位の責任感は無いのか!!)

 

 そんな親友の名前が堂々とスライドして虚空に消えて映画のスクリーンに映し出される。誇りと気高さを二千年以上保ち続けた、【女教皇の塔】の襲撃シーン。

 雷撃系魔術――――――――CGまで素人の分際でコッていやがるかぁ!!

 

「どうっすか? 素人でもここまで拘ると褒めちゃうでしょ?」

 

 名無しの兵士のセリフなどどうでも良い。カインはスクリーンに映し出された場面は聖堂の門を砕く一人の少女――――黒髪のロングストレートに、ワンピースからレザージャケットを羽織った少女・・・・・・・・・使用した魔術は下手にCGで手を加えられているから判別し難いが、ただカインが言える事は一つ。

 

(ラージェ様の魔術を破壊するというなら・・・・・・・・・あとは考えられる魔術は堕天使行使だけだが・・・・・・・・・この少女――――どこかで見覚えが・・・・・・・・・って、ホットドックを売ってる女兵士じゃねぇか!? 名無しの兵士一人でも厄介なのに!!)

 

 怒りながらも、冷静な理性は分析を勝手に行なってしまう。

もし本当に堕天使を行使した魔術師が居るならば・・・・・・・・・その人物は詩天使(サンダルフォン)以来の《堕天使使い》。ラージェと同等の《光》と、カインと同格の《闇》。その両極端を行き来出来る魔術師・・・・・・・・・このような行使能力が許された者ならば、カインにとってもっとも相性の悪い敵であり、ラージェにとっても最大の敵でもある。そのために、“見えざるもの”を断ち切る《聖剣》がいるのだが、

 

(あの馬鹿は肝心な時にいないので無視だ、無視)

 

憶測は憶測を呼び、仮説すら立てられないカインだが、無情のまま報告映画は続く。

 少女は鼻を鳴らして、破壊した門を潜ると四名の男女も後に続く。

 少女を中央として、一人の青年が生欠伸を連発して破壊された門の残骸を足蹴にする。

 

『聖堂って言っても、ピンからキリかよ? 雑魚が多すぎて闘う気になれねぇから、どっかで昼寝して良い? 俺、時差ぼけで眠い』

 

 やる気無しに呟くが、カインは見た。その青年の右手を・・・・・・・・・・人差し指と小指が金属の光沢を持って変形していた。その二本の指が緩やかに反りを描いて伸び、弓を形成していた。弓に変形した右手の甲に浮かぶ象徴(シール)は、ソロモン王が封じた悪魔が一人。“射手の侯爵レライエ”・・・・・・・・・噂でしかカインも聞いたことは無かったが、確か・・・・・・・・・。

 

「いやぁ〜ゲイルさん? 超ノリノリでしたよ?」

 

 ――――ゲイル・スタンデェス!? 〈連盟〉の〈八賢老院〉の一人? マジか!? えっ?

 

 大急ぎで名無しの兵士へ振り向くが、映画のスクリーンにはさらに有名人物がセリフを言う。

 

『『寝るのは仕事を終わらせてからにしろ。あとで好きなだけ寝ていろ。寧ろ永眠を提供してやろう』』

 

 ステレオ音声で同時に喋る一卵性双生児の姉妹。

 

『コウ、レンのジングウイン・シスターもかなりウマいっすよねぇ』

 

 ちょっと待て!? 神宮院? 今、神宮院って言ったか? 退魔家の神宮院か!?

 

『五月蝿い。喋るなら同時音声は止めろ。帰ってパパのミルクでもおねだりしていな』

 

「このド悪党っぷり! もうこの千両役者のジェナ・ジョセフィーティさんも最高! とくにこのアドリブ! あっ? でも、本人の名誉のために言っておきますけど、彼女はかなり気さくで気配りの行き届く人ですよ? もう、マジで〈お嫁さんにしたい女性bP〉って感じで!」

 

 ジェナ・ジョセフィーティ!? “十二剣士”が一人の“大剣使い(クレイモア)”の!? てかよぉ!! 襲撃者を褒めるな!!

 ちょっと待てよ!? この野郎!?

凶夢の射手(ナイトメア・アーチャー)”のゲイル? “真紅双刃(スカーレット・エッジ)”? “大剣使い”? ゲイルのほうは聖堂七騎士の“弩”と匹敵するんだぞ? “真紅双刃”に“大剣使い”は十二剣士の中で、九位と六位だぞ? 何でこいつ等が聖堂を襲う? 理由(わけ)がわからねぇ!!

 

「おっ! ここからですよ? 俺の演技に度肝抜いてくださいよ」

 

『フッフフフ・・・・・・・・・』

 

 五人の頭上で含み笑いが響く・・・・・・・・・だが、塔の壁に目立ちに目立ちまくるアメリカ国旗に、全員が凝視していた。

 

『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』

 

『ハッハハハハ!』

 

(こんなマヌケ丸出しの人間は奴しかいない!)

 

 カインは頭を抱えてしまう。てか、軽く後悔と絶望と頭痛の嵐に(さいな)まれた。

 

『汚らわしい血の匂いと共にその門を潜る者よ! 歓迎しよう! 貴様らは〈完璧なる大敵(パーペクト・エネミー)〉以来の客として認めよう!』

 

 隠れているつもりなのか・・・・・・・・・・・・否、むしろ天然純度一〇〇%のせいだろう。

 

『しかし!! 聖騎士を束ねる枢機卿長カイン・ディスタード殿から、直々に留守を任されたそれがしを倒せると思うこと事態が愚鈍なり!!』

 

 その直後に電撃、真空波、火炎、光流子の矢が殺到! 蹂躙される壁とアメリカ国旗! その向こうに居る人物など存在自体を消去せんと炸裂しまくった!

 そして特殊効果でボロ雑巾のように黒焦げの人物――――――――名無しの兵士だ。だが、役はきっとハンゾウだろうと、カインはすぐに見抜く。

 なぜなら、このようなドジ加減を知らない事をする人間は、聖堂屈指の勘違い野郎以外にない。

 〈霧隠れ(ミスト)〉と自称する、聖堂悪魔払い機関で実力はカイン続くナンバーツー。しかし、実力と性格が反比例し続けるのがこの機関の宿命なのか、本名アンソニーより、ハンゾウという魂の名前らしいほうを呼ばなければ怒る。

 

(どうして、こんなトチ狂った奴を拾ってしまったのか?)

 

 頭を抱え、唸りながらカインは溜息を吐いた。まるで硬いシコリを無理矢理吐き出す作業とも言える。だが、画面の中のハンゾウは黒焦げ状態に係わらず、アメコミの如く素早く立ち上がる。しかも、身体を犬のように振るうと焦げすら振り落として新品同様。今の一撃が効いていないことに五人は訝しげな表情となった。

 

『この程度など、カイン殿のゲンコツ方がまだ利くぞ! このニンジャ、ハンゾウがこれで倒せると思うな!』

 

(当たり前だ。お前等馬鹿部下どもの調教を何年やっていると思う?)

 

 そんな理由の解らないセリフと共に、忍び装束の名無しの兵士は門の前に立つ侵入者に指を差す。だが、あのハンゾウがこのようなイベントに参加していないことにカインは疑問に思う。まして、ヨシャアやミーナというお祭り気性の輩が出ていないのがカインとしては嫌な予感がしていた。

 そしてそんなカインの疑問が解かぬまま、ハイテンションなBGMがバトルの予感を沸々と感じさせる。

 

「いやぁ〜ヨシャアさん、ミーナさん、ギョウスの〈聖堂悪魔払いユニット〉って急造バンドなんで、名はまだ決まっていませんが、この曲は良い出来でしょう? 〈闘う(ファイティング・)(シャドウ)〉って曲なんですけど? 実はあの三人? ハンゾウさんのこと口では嫌いだって言ってますが、結構仲がいいかもしれませんね?」

 

 苦虫を噛み砕いたようなカインの顔を見上げる名無しの兵士。

カインとしてはおふざけに激怒寸前だが、サックス、ピアノ、トランペットにドラムが高揚感を煽り、嵐のようなエレキギターソロが戦いの雰囲気を盛り上げる。

曲の流れは上出来過ぎるほど上出来である。

 

「それにこのギターソロが棺製作(コフィン・メーカー)さんです。イカしているでしょ? 超クールっすよ」

 

(おい〜!? 何で〈連盟〉が出てくるんだぁ!!)

 

 だが、カインの心中の絶叫は画面に届かない。名無しの兵士には露ほども届く訳が無い。

 

「ドラムは李麗・黒須さんも、女性ドラムとしてこのウルテクっすよ!! 最高でしょう?」

 

(大神三眷属の一家――――〈屍人殺し〉の黒須だぁ? 何だ!? 裏方まで超ビックネームは!?)

 

 もう叫んでこの映画をオジャンにしてしまいたいカインだが、ラージェは画面に釘付けでハラハラしながら見ている。ここで止めると、ワガママよりもきつい――――無言に抗議する眼には耐えられない。結局カインが胃酸と格闘するしかなかった。

 

『『貴様・・・・・・・・・ハンゾウだと? どう見ても日本人に見えない』』と、双子姉妹の呟きに先ほどの勢いを失うハンゾウ。

 

肩を震わせ、デカイ身体を小さくしていく。実際のハンゾウは一九〇センチで、フランス国籍。アルジェリアのピエ・ノワールと白人のハーフ。精悍な浅黒い肌を持ち合わせ・・・・・・・・・・どう見ても東洋人に見えるわけが無い。

 

『おい? お前は頭が悪いのか? 〈ニンジャ〉って思いっきり日本語発音じゃねぇだろうが? せめて〈忍者〉って言えてから忍者を名乗れよ』

 

 ゲイルが溜息混じりで、ハンゾウよりも上手に日本語の発音で訂正する。それだけで、ハンゾウは泣きそうな顔になる。

 

(名無しの兵士が・・・・・・・・・そこまで演技することも無いだろうが!? そのまんまじゃねぇか!!)

 

 ここら辺はカインも褒めるしかなった。類を見ない観察眼を評価するが、ちゃんと仕事に使って欲しかった。

 

『ニンジャね・・・・・・・・・遊びなら隅っこでやってなさい。見守ってあげるわ。見下げ果てた眼で』

 

『・・・・・・・・・馬鹿らしい』

 

 ジェナが嘲笑とともにハンゾウを見下げ、ワンピースの少女は眼もくれず溜息を吐いた。もうハンゾウは泣いていた。今年で二三歳の男が泣いていた。正確には名無しの兵士だが、ハンゾウはこの程度で泣くのでカインは白々しい眼で溜息を吐いた。

 

『しかし、聖堂枢機卿長も地に落ちたな? こんな奴に留守を任せるなんて、それだけ部下に恵まれていないのか? それとも本気で〈魔剣〉って奴はアホなのか?』

 

『『想像出来るな。このようなアホを飼っているのだから、相当なアホなのだろう』』

 

ゲイルの疑問に真紅双刃も言いたい放題に頷いた。

 

(よく言われるな。この手の罵声にはもう慣れてしまったな)

 

 悲しい達観の極致で聞いていたカインだが、画面のハンゾウはピクリ――――震えていた肩が止まり、涙でクシャクシャな顔を五人の侵入者に向けている。

 

『ニンジャってふざけた職業なんてどうでもいいけど、汚い泣き面引っ込めてとっとと消えて』

 

 ワンピースの少女は鼻を鳴らして言う。その目は傲慢の一色だった。敵を敵とも見ず、踏み潰す虫けらのように。

 

『カインが居ようが、わたしに勝てるわけがないわ』

 

(――――確かに堕天使行使の魔術師なら、俺にとって相性が悪いが・・・・・・・・・白銀槍(ブリュナーク)散弾(ゲイ・)紅槍(ボルク)、それと全武装の許可がおりれば――――まぁ、勝てないことは無い)

 

 鬼門街観光にはあまり大量の武具を持ち歩くと、一般人でも魔力感知されてしまう。そのため、控え目(・・・・・)の武具だけを選んだに過ぎない。〈聖剣〉が観光案内を買って出なければ、本気で全武具を持ち歩きするつもりだったが、ラージェに、

 

『ダメです! イヤです! そんな格好で街中歩くのは恥ずかしいです!』

 

と、本気で怒っていたので止めただけである。互いの妥協点として、三つだけ持っていくことを許可してもらったが最後までラージェは唇を尖らせていた。

 

 そんなカインの回想とは裏腹に、ブツブツとハンゾウ役の名無しの兵士は画面の向こうで呟いている。

 

『馬鹿にすんな・・・・・・・・・・・・馬鹿にすんなよぉ!! ニンジャを馬鹿にすんな!! ついでにカイン殿を馬鹿にすんな!!!!』

 

(ついでか・・・・・・・・・おい)

 

 五人に向かってクナイを投擲! それと同時に疾駆するハンゾウ!

 五人は難なくその投擲されたクナイを叩き落す! だが、既にゼロ距離射程に入ったハンゾウは忍者刀を翻し、ゲイルの首を狙う! だがそこに交差する三つの刃が盾になる! 大剣と二本の刀で防がれ、甲高い音階と火花が咲く! しかし、その火花が散るより早いハンゾウの下段、中段の二段蹴りはゲイルの膝を折り、水月に深々と爪先が食い込む!

 

『ウァァァァン!』

 

『ゴォッ!?』

 

 泣きながらとはいえ、その攻撃はゲイルの苦鳴より早く吹っ飛ばされ、壁へ激突する。しかし、それすら見ずにハンゾウは忍者刀を絡ませ、跳躍! 背後を取り、まるで霧のように静かなほど三人の剣士達に襲い掛かる!

 

『ウァアアアン!』

 

(泣きながら闘うなよ・・・・・・・・・)

 

 カインの呟きは最も。しかし、その技量と実力はカインが留守を任せるに相応しいことを、カイン自身が太鼓判を押している。

 

(つぅか、そこまで演技に集中すんな。名無し風情が)

 

 三人同時に繰り出される剣撃を忍者刀で捌き、絶妙に躱し、逆手に持ち替えた忍者刀を三つの刃で迎撃し、三対一の意味を無くすほど疾く弧を描く!

 

(泣きながら闘わなければ、少しは頼りになる部下なのだがな・・・・・・・・・・・・)

 

 〈近接戦闘技術〉という点で、聖堂三大機関含めてトップは霊児。その次にカイン。そして、三番目に位置するのが本名アンソニーで〈半蔵〉と名乗る忍者である。

 純粋に〈近接戦闘技術〉を磨いている魔術師は以外に少ない。

 〈魔力行使〉という常人では計り知れない膂力と敏捷性。それらを持つと、どうしても磨く意味を見出さない連中が多々いる。だが、そうではない。〈魔力行使〉にはタイムラグが存在する。〈神殺し(スレイヤー)〉三名ですら〈魔力行使〉のタイムラグは二秒掛かる。その二秒が生死を別つ場合もある。その二秒を埋めるため、〈戦闘技術〉を磨く。純粋な戦闘技術と高度な魔術行使の速度――――それを魔術師達は〈絶速〉とも言う。〈光速〉とも表現するだろ。

 忍者・ハンゾウはその〈絶速〉の域に達しながらも、幽玄たる〈霧〉――――見た目の緩やかな動きを裏切る忍者刀の弧は、最少最短軌道で三人の剣撃すら押し込んでいく!

 

『『『なッ!?』』』

 

 一二剣士に名を列ねる三名も驚愕するのも無理は無い。と、カインはニヤリと笑う。

 

(舐められたものだ。聖堂悪魔払い機関副局長〈月光の霧隠れ(ムーンライト・ミスト)〉と、酔狂と気違いで呼ばれてはいない)

 

 本人が聞いていたら――――霧隠れハンゾウって言ってくださいカイン殿!?――――と、怒るだろうが、カインは優しいから本当のことと、訂正を要求しないだけの話だ。

 

 あだ名を現すかのように、月光のような弧が描かれる前には――――忍者刀は容赦なく命を刈取るような一撃。

 一の攻撃を必死になって躱しても、連動する二撃目にどんどん防御を削られていく一方の剣士三名。

 霧のように、月光のように、淡く仄かに残る斬撃の円弧!

 得物のリーチが劣るハンゾウが、無限に叩き込む剣弧にとうとう捕まる!

 

『お命頂戴!』

 

 泣きながらのため、キメ台詞はイマイチ。

銀の円弧が四方八方に放たれた刹那だった! ワンピースの少女が部下たる三人を一瞬だけ見えた巨大な(かいな)で弾き、忍者刀の制空権を離脱! その円弧の前でレザージャケットの袖から滑り出した鉈の形をした中華刀二本で忍者刀を相殺!

 霧と月光の幽玄を防いだ一閃は、正しく流星。

 最短最少軌道を上から叩き落とした剛毅を孕んだ〈正統技術〉に、カインは眼を見開く!

 

「馬鹿な――――!?」

 

 ハンゾウはあれでも聖堂の中でも体術は〈トップクラス〉である。その一撃を防ぐことが出来るなど――――!?

 

「あっ? ちなみに彼女は代役ですから? 本人は『騒がしいのは嫌いなの。特に馬鹿の騒ぎが』って言っちゃってそうそうに帰ってしまいました」

 

 まぁ、こんな馬鹿馬鹿しい真似はラージェの命令でも、本気で拒否するだろう。が、帰しただぁ!?

 

「てめぇ? 何で止めなかった? 何故奴の後を追う事もしない?」

 

「えぇ・・・・・・・・・一応は魔術を知り抜き終えた(マジスター・テンプリ)・・・・・・・・・・・・〈杖〉のマジスター・テンプリ枢機卿は後を追いましたが・・・・・・・・・」

 

 

 ――――あぁ、あのクソジジか。と、カインは鼻を鳴らした。

 カインは嫌う人物がいても、嫌いだからと言って無視はしない。むしろ、〈こいつだから出来ることはある〉と、肯定する精神がある。

だが、憎む人物はたった二人しかいない。

明確に殺意と共に剣を叩き込もうとしているのは、二人しかいない。

一人は妻であり、前女教皇たるレイラを亡き者にした〈アウト・サイダー〉・・・・・・・・・〈ゲート・メイガス〉の反対側に属した薄汚いクソヤロウ共。

 

そして、もう一人は〈杖〉である。

 

ラージェの才能をカインの次に見抜き、その才能と能力を〈聖堂〉という巨大な歯車に組み込んだ張本人を、今でも許せない。義兄としてカインはラージェには平凡で、退屈で、普通の幸せを掴んで欲しかった。レイラの分まで、自分の分まで、幸せになって欲しかった。だが――――今でも奴の言葉は思い出すだけで腸が煮え繰り返る!!

 

【ラージェを次期女教皇だと? 候補はすでに上がっているはずだが?】

 

 〈女教皇の塔〉――――聖堂枢機長の書籍――――書類と報告書と格闘し終えたカイン。机の向こうにはオーダースーツを着こなす〈杖〉が薄っすらと笑っていた。今でも、思い出すだけで何度、何十と殺しておけばよかった(・・・・・・・・・・・)と、後悔した事はない。

 

【貴殿は本気で候補者から選ぶつもりであったのか? 〈聖堂〉の汚点たる〈二度目〉の襲撃だぞ? 〈三度目〉はどうなる事やら・・・・・・・・・】

 

 クソジジィ? 何が言いたい? そんな眼光を向けていたことを今でもカインは思い出せる。当時の霊児――――あの誰も彼も、切り刻み、斬殺して、微塵にする狂気が、一〇〇分の一でもあればこんな事にはならなかったと、後悔だけが今でも沸き上がる。

 

【必要ではないか? 危機感が?】

 

【何?】

 

【貴殿も鈍いな? それで〈魔剣〉か? 〈魔剣〉は切れなければただの〈ナマクラ〉だぞ?】

 

 暗に自分の妻、忠誠を誓う相手すら守れなかったではないかと言うような、見下げた目に怒りより・・・・・・・・・自身の不甲斐無さに歯噛みした。それが、〈杖〉の狡猾な罠とも解らない次期だった。

 

【ならばいっそうの事、同じ血を分けた者(、、、、、、、)を〈女教皇〉にすればいい・・・・・・・・・・・・そうすれば〈聖堂〉の〈内部〉は今までに無い、〈連携〉を取るであろう?】

 

【俺が貴様を、この場で微塵も残さず殺す事は前提か?】

 

 〈杖〉は笑う――――神殿で木霊する――――不気味に反響させた笑い声は、今でも耳に残っている。

 

【〈アザゼルの子〉から脱しても、〈所詮はカエルの子はカエル〉ということよ・・・・・・・・・・・・貴殿の〈弟君〉は、確か蒼眞家の養子であったか? 自身と同じ血を持ちながら、その血に負けずに戦う貴殿を〈尊敬している〉らしい・・・・・・・・・確か〈コウイチロウ〉と言ったか?】

 

 この場で殺すのが正しい! 今すぐ殺して消せ!

 そんな危機感と焦燥感と共に、机に隠した〈狂狼(フェンリル)〉を取りだそうとしたが、

 

【〈義兄〉が〈加害者〉の瞬間など、〈義妹〉と〈弟〉は見たくないものだ――――お勧めしないがね?】

 

 詰められた――――しかも、完全に〈杖〉のシナリオ通りに――――カインは怒気と殺気の荒れ狂う拳をきつく握り締めながらも、思い知らされた。

 

【私としてはどちらでもいいのだ。貴公が墓守になるなら、次の〈魔剣〉にはコウイチロウを推薦すれば良い。〈反対(アンチ・)命題(テーゼ)〉と共に隠蔽したのは良い発想だ。誰の手にも届かない〈真神家〉に組み込んだ。そこまでは良いが、少々有名になり過ぎだ。フフフゥ――――〈アザゼル・プロジェクト〉と勘繰ってもおかしくはあるまい? 〈血風の女王〉ヴィヴィアン・ヴァールすら魅了するのだ。〈殺戮兵器〉に属す〈カイン・シリーズ〉に対して、〈破滅兵器〉の〈アベル・シリーズ〉・・・・・・・・・】

 

 

 自分の過去を何処までこの〈杖〉は調べているのか? 

 

 

 そんな疑念を持たせるのが、〈杖〉の交渉術であり罠であると――――後から〈反対命題〉に言われたが、当時のカインにとってこれ以上無いほど追い詰める言葉だった。

 

 ――――考慮しておく。そう言って、〈杖〉に退室させる。肩を竦めた老人にカインは静かに尋ねた。

 

【もし、ラージェを利用するならば、俺は貴様を原子単位で消しやる】

 

【安心してよいぞ。枢機卿長殿よ・・・・・・・・・私は〈聖堂〉を第一に考えている。貴殿は〈女教皇ラージェ〉を第一に考えている――――〈思いは一つ〉だからな?】

 

 清々しい――――自嘲を残して去っていく〈杖〉を見送ったその後日。

 カインは〈義妹ラージェ〉との契りを終わらせ、〈女教皇ラージェ〉として〈忠誠〉を誓いに赴いた。

 

 

「それで? あのクソジジィは?」

 

 カインの眼光に宿る雰囲気に名無しの兵士は、佇まいを改めて直す。

 

「・・・・・・・・・死亡なさいました」

 

 カインは絶対零度の表情のままだった。同僚が死んだということより、今まで良く生きていたほうだと感心する以外に無い。

 

 政治的手腕はある。だが、面識無くまだ聖騎士になっていない霊児を除き、他の聖騎士連中はこの男を快く思わないのは、当時の女教皇推薦時にラージェを押した人間であり、他の聖騎士たちも〈ラージェに普通の幸せを〉と、ささやかに願っていたからである。

 

その無表情さのまま、ただ続きを促す。

 

「死因、使用魔術は未だ解りません・・・・・・・・・ただ〈六大属性〉全て叩き込まれた・・・・・・・・・ような死体でした」

 

「つまり、襲撃者とは別口で〈数名〉いる・・・・・・・・・」

 

 幾ら〈堕天使魔術〉、〈気属性〉であろうと〈六大属性〉を一人で行使出来る人間は――――〈黒白の魔王〉と〈白金の狼〉・・・・・・・・・〈白金の狼〉も、〈黒白の魔王〉も今はいない――――が、あとは消去法で導き出てくる輩は・・・・・・・・・七家。七大退魔家の反対側に属した連中のみ。

 

「恐らく・・・・・・・・・〈ゴウマ〉・・・・・・・・・だが、やつ等が動くとしても、真神側たる〈黒須の後継者〉と行動を共にするなど・・・・・・・・・」

 

 憶測と仮説すらも成り立たない。そして、この少女の目的すらも。だが、そんなカインに名無しの兵士はふざけた笑みを見せながら言う。

 

「この女の子の目的ですが、憶測的とこちらの推理で、ちゃんと映画で報告してますからご安心を」

 

と――――忘れてはいけない。こいつもぶっ殺すリストに入っていたな?

 

 鬼火の宿る壮絶な眼光で睨んだ後、カインはハンゾウ(名無しの兵士が代役)VS襲撃者のリーダー(名無しの女兵士代役)の剣劇に視線を移す。

 

 戦いは白熱する。

 少女は中華刀を繰り出し、ハンゾウの剣撃を悉く叩き落す上に、反撃と死角から叩き込むために凄まじい速度で立ち回る。

ハンゾウもその流星の如き剣閃を叩き上げた体術で躱し、防御し、針の穴を縫う――――正確無比たる一撃を何度と繰り出し続ける。

 ハンゾウと剣技は互角――――それ自体が少女にも不服なのか、顔を顰めていながらも油断無く、容赦の欠片も無く中華刀を振るう。

 ハンゾウ(まぁ、代役)も、少女(こいつも代役なんだけど)――――互いが互い・・・・・・・・・身に付けている剣法に疑問を浮かべていた。

そして、円弧と銀線で火花が散ること十九合目にしてとうとう鍔競り合いとなる。

鋼が噛み合う耳障りな音色の向こう――――ハンゾウと少女の表情は同じ困惑である。

 

(強い――――何処で修錬した?)

 

 そんな互いの技量に宿る過去すら見透かそうと、互いに睨み合うこと数秒。

 

『『何処で修練を積んだ?』』

 

 同時に問う。同時に問いを口に出した次には、両者の顔は忌々しく顔を顰めていた。だが、ハンゾウは鼻を鳴らして中華刀ごと叩き斬ろうと押し込む。

 

『ふんだ。無粋な問いだった。どうせ、貴公が敗北するのは目に見えている!』

 

(だから、泣きながら言うからキメ台詞がカッコ悪いんだよ)

 

 ギリギリ――――押し込む忍者刀が少女の額に迫る。だが、その白銀を目にしながら少女は薄っすらと笑った。

 

『そのセリフをそのままお返しするわ?』

 

 直後だった――――巨大な石柱が轟音を響かせ、ハンゾウをまるでボールのように叩き込む! 砕かれた石柱がばら撒き、粉塵と土煙が収まる頃――――ハンゾウは聖堂の門を木っ端に砕いてピクリとも動かない。

 

『あなたの作戦通りね・・・・・・・・・・・・』

 

 石柱をまるでバットのように操った巨躯。二一〇センチある身長と逞しい肩幅でありながらも、均整の取れた体型で比べるものがないと、彼の身長がどれほど高いか解り難い。

 年齢は二六程度、ボサボサで跳ねた茶髪――――〈聖堂第四位〉、〈聖堂七騎士第三位〉の碧をメインに、金糸で彩られた法衣を身に纏う男を見上げながら――――少女は言う。

 

 

『巻士?』

 

 

「はぁあ!?」

 

 カインは絶叫した。何故、巻士が襲撃者と結託する理由がある? 何故だ!? だが、そんなカインの絶叫をラージェは「シィ――――! お静かに」と、遮ってしまう。

 

『遊んでいる暇は無い。さっさと目的の物を手に入れろ――――約束は守ってもらうぞ?』

 

 何処か悲愴感すらある表情の巻士本人――――てか、こいつ? ノリノリで演技していないか?

 

『えぇ。案内を頼むわ』

 

 巻士は無言で背を向け、少女を案内していく。

 画面はゆっくりと暗転し――――スタッフロールが流れていく。しかも、NG集!?

 ワイヤーアクションの失敗に名無しの兵士が、脇から受身も取れずに倒れた時――――ジェナ、コウ、レン、ゲイルに少女代役が驚いた顔で駆け寄るシーンやら、巻士がセリフを間違って、手を振る気さくな姿――――レコーディングなのかギターソロの場面やらと・・・・・・・・・スタッフロールを眺めながら、カインは横に立つ名無しの兵士に、ギチギチと擬音を発しながら首を向けた。

 

「何時かからこの報告映画を作成していた?」

 

「えっ? あぁ〜ラージェ様とカイン様が日本に着いた直後(、、、)だと、覚えていますが?」

 

 つまり、四月・・・・・・・・・今、五月だぞ?――――先月からだと!?

 

「何故報告しなかった!? つぅか、死んでも止めろ! 死んでいいから!」

 

「だってぇ・・・・・・・・・ラージェ様にご報告しようとしたら、『たまには兄妹水入らずに過ごさせてやれ』ってマキシ卿が言っていたんで・・・・・・・・・それに、オレ達もあんまり野暮なことしたくありません。それにマキシさんを相手に? 死ねって言うか、蟻んこがライオンに立ち向かうみたいなもんでしょ?」

 

(何で・・・・・・・・・こんな時に! ありもしない親切心を出すんだ!! それにマキシ!! テメェ! 裏切っておきながらなんだ!? その気配りは!? しかも、こいつにペラペラ喋ってんじゃねぇ!!)

 

「巻士さんが何故、このようなことを・・・・・・・・・」

 

 カインが怒りでこの周辺をぶっ壊してしまおうかと、本気で考えていた瞬間、ラージェの悲しい呟きに名無しの兵士は、そちらへ顔を向けて言う。

 

「映画は『スタッフロールが終わるまで』、ですよ? ラージェ様?」

 

 もういいや――――こいつを殺して本気で聖堂を建て直そう――――そんな殺気を感じたのか、名無しの兵士に名無しの女兵士、以下数十名の兵士たちが脱兎の如く散った。

 カインは既に悪魔の血を現顕し、超ど級のスピードで追い回し続ける光景にラージェは微笑み、ディアーナは本気でカインの〈良き味方〉となることを硬く誓った。

 

 

 

 五月一日。日本。空港ロビー。

 

 

 

 お祭り騒ぎというのは、何故か過ごしていると忘れがちだが、終わりとなると感慨深くなってしまう。それは母ちゃんがイタリアに戻る際、いつも思う。

 

「ゴールデンウィークくらい、ゆっくり出来ないんですか?」

 

 空港内は混雑。連休に旅行やら、帰国やらのラッシュでガヤガヤと駆け足で去っていく通行人の中、おれと美殊は母ちゃんの見送りに赴いた。母ちゃんは仕事のため、また海外へ行く。今度は夏休みあたりに帰るから三ヶ月も離れ離れになってしまうから、こうやって子供としての最低限の義理でおれは美殊と一緒に空港まで足を運んでいるのだ。

 感謝しろ、母ちゃん。感謝ついでに少しは落ち着いて・・・・・・・・・無理だと思うけど、切実な願いです。

 

「まぁ〜色々あってさ? 仕事が山済みなんだわ? 本当、ごめんな? もっと、もっと、もぉ〜っと! 私もお前等とイチャイチャしていたいけどさ?」

 

 力一杯言う。おれとしてはご免だ。

 

ぶっちゃけてさ〜と、母ちゃんは溜息交じりに、

 

「本当は心配なんだよな? 結構、キナ臭い雰囲気が漂っているし」

 

 そんな呟きにおれは眉を寄せたが、母ちゃんは首を横に振って快活に笑った。

 

「まぁ、何かあったら駿一郎とアヤメに助けを呼べよ?」

 

 それもちょっとイヤ。

 

「それか霊児に?」

 

「それは超イヤです」と、美殊が間髪入れずに言った。霊児さんの何処がそんなに気に入らないのか、おれとしては解らない。

 

「あれで霊児は頼りになるんだぜ? 私とアヤメ、駿一郎に並んでさ?」

 

 母ちゃんは微笑んで言うが、美殊の顔はさらに硬くなる。きっと、母ちゃんが手放しに褒める霊児さんが気に入らないのだろう。美殊はおれより、母ちゃん離れ出来ていないとこの頃気付き始めた。これは霊児さんにむけて嫉妬心を燃え滾らせていると解った。

 

「それより――――最後くらいハグさせろよ? ハグをさぁ? こう、ギュウギュウに抱締めさせろよ?」

 

 うぁ〜イヤらしい顔で手招きしていますよ、この母親?

 

「はい」と、美殊はちょっと恥ずかしそうに微笑みながら、母ちゃんへ寄って行く。俺は心底がっくりして近付いた。

 

 母ちゃんは両手一杯に広げて、おれと美殊の背に手を回して抱締める。そして耳元で――――。

 

「テーゼから聞いたんだけどさ?」

 

 そう前置きして、

 

「もし〈業魔〉って名乗る奴等が現れたら、後ろからぶん殴ってビート・ダウンな?」

 

 おいおい・・・・・・・・・いきなり物騒な発言を・・・・・・・・・って、美殊さん? あなたは何でメモに書き込んでいますか? しかも、ビート・ダウンってとこに二重線を引きますか?

 

 

 

 同時刻。黄紋町郊外にあるガートス邸。

 

 バカデカイ屋敷の門で、巳堂霊児はインターホンを押す。

 

『何方ですか?』

 

 メイドの声で霊児は溜息を吐きながら、

 

「あっ? マジョ子はいる? ジュディー?」

 

『帰れ』

 

 忌々しいとばかりに追い返そうとする。

しかし、霊児は京香に頼まれていたメモを渡しに来たことと、マジョ子の機嫌を取り。そして、磯部綾子の今後を〈打ち合わせ〉に来たのである。

 

「ちょっと待ってくれよ? マジョ子に会わせてくれよ?」

 

『しつこいぞ? あんたさぁ〜? 馬鹿ツラ引っさげて来た恥知らずという名前がついた勇気に敬意は払うけど〜? こっちは忙しいんだよ〜?』

 

(――――って、言い始めたら私の指示通りに言ってみな? 魔女っ娘は「ありがとうございます! 霊児さん! マジョ子! 超感激ですぅ!」って言うからよ? 騙されたと思って言ってみろよ?)

 

 本当かよ・・・・・・・・・猜疑感丸出しで聞いていたが、とりあえず京香の台本どおりに霊児は言う。

 

「一応、その忙しさの原因くらい知っているけど?」

 

『――――入れ』

 

 門が開かれ、敷地内でメイド姿のジュディーが滅茶苦茶不機嫌に顎でしゃくる。無言でジュディーの後に続く。洋館の中は広々とした空間が広がっているが、そんな『表向き』に続く廊下ではなく、『裏側の廊下』へ案内する。

 マジョ子の書斎へ案内された霊児は、そのまま部屋の戸口を開けて中の混雑に目を丸くした。

 FAXの用紙が所狭しに足場も無く散らばり、それらの用紙をメイドと執事たちが懸命に拾ってファイルに閉じていく作業だ。しかも、その作業よりFAX機が無造作に文字を休み無く打ち込み続けていた。その用紙の中――――足元に落ちている一枚拾った霊児は、そこに書かれている文字に苦笑してしまう。これは、〈欲しがる情報〉とかのレベルじゃない。魔術世界レベルで最高峰の情報だった。

 

 ――――〈暴力世界第三位、セメタリー所属者全三六五名プロフィール〉

 

そう書かれていた用紙を近くにいた執事に渡した霊児に、ようやくマジョ子は顔を向ける。

 

「何のようですか・・・・・・・・・? 霊児さん?」

 

 不機嫌な顔で書斎の机でファイルに閉じ続けているマジョ子は、すぐに顔を背けて言う。

 

「見ての通り、予想通りにこちらは忙しいんで要件をさっさと言ってください」

 

 あぁ――――と、言いながら霊児は静かに頭を下げた。

 

「悪い、マジョ子・・・・・・・・・この間は余計な迷惑を掛けた」

 

 〈連盟所属〉のマジョ子。及び、その執事、メイドたちが目を剥いた。FAX用紙を取るのを忘れて、呆然となった。〈聖堂第三位〉がたかが〈個人的〉なことで頭を下げに来た事に。

 

「オレが勘違いしちまったおかげで迷惑だったろ? それをきちんと謝りたくて」

 

(このヤロウォ・・・・・・・・・!? だから〈聖堂〉と〈連盟〉は冷戦状態でしょうが? それなのに敷地に入るわ、謝りに来るわ! 何て――――反則的に誠実な人だろうか)

 

「もう、良いです・・・・・・・・・頭を上げてください」

 

 溜息混じりに白旗を振った。

 

「それだけ言うために来たんですか?」と、全面的に諦めて言うマジョ子に対して、霊児は首を横に振った。

 

「いや、このカリはでかい。だから約束しに来た・・・・・・・・・〈聖堂第三位〉、〈聖騎士第二位〉としてではなく、巳堂霊児としてマージョリー・クロイツァー・ガートスがどんな危機的状況下であり、〈聖堂〉と戦争状態になろうと・・・・・・・・・〈味方〉で居る事を〈誓い〉に来た」

 

「・・・・・・・・・誰の指示ですか?」

 

 訝りながらのマジョ子に対して、霊児は目を丸くしていた。

 

「指示?」

 

(本気か!? 本気で、個人的にガートス家の味方になるって誓いにきたんか? マジですか!?)

 

「ああ、指示で思い出したけど、京香さんがこの電話番号を押せば忙しさの原因が取り除けるってさ。オレの用事はこれでお終いだ。何かあったら、遠慮はいらない」

 

 そう言って、メイドに電話番号が書かれたメモを渡してさっさと書斎から退室しようとする。忙しい中、長話するほど無粋じゃない霊児は最後に、

 

「一応、磯ッチのお母さんと相談した結果、ウチの学校と部活に入る事が決まったから。コッチはオレが受け持つ」

 

 じゃ。またな?

 

 背中を向けて手を振りながら去っていく霊児。その三秒後にマジョ子は猫みたいな絶叫を迸らせた。

 

「マジ? マジ? ねぇ? 今の聞いた? ねぇ!」

 

と、歳相応にはしゃぎ狂うマジョ子。防音完備でよかったとメイドと執事たちが溜息を零すのも無視して、

 

「えっ? 霊児さん? もしかしてのもしかして、私に気がある? マジで!?」

 

 聞いちゃいねぇ――――勝手に一人で幸せの世界に埋没しまくっていた。

 

「あぁ〜こんな事なら、さっさと要求すれば良かったぁ〜! あんなことこんなこと――――」

 

「主殿? それよりこの電話番号は? 国際電話みたいですが?」

 

 とりあえず、歯止めの利かないマジョ子にやんわりと止めに入るメイドに、全員がナイス判断と心中で親指を立てた。

 

「そうだな。とりあえず――――何処の番号だ?」

 

 繁々と見ながらも、とりあえず掛けてみて損は無いとマジョ子は判断した。あの真神京香が言った〈報酬〉の可能性が高いため、無害であると考慮した結果である。

 メモに記された番号を押した後、たった一回のプッシュ音で電話は繋がる。

 

『ようやくか・・・・・・・・・焦らしてくれるな? 稀代の賢者よ?』

 

 張りのある男の声にマジョ子は怪訝になる。が、受け取った人間は何故、自分だと知っているのだろう?

 

『失礼――――自己紹介がまだだった。私はガウィナ・ヴァールだ』

 

 ぶっ飛んだ自己紹介に、マジョ子の顔面は一気に蒼白になった。〈暴力世界1〉の長に繋がる電話番号など、まったく予想外だった。

 

「ふつうは・・・・・・・・・メイドとかが受け取るのでは・・・・・・・・・?」

 

『この番号は、私の私室に直接繋がる番号だ』

 

 真神京香!? なんつぅー番号を教える!?

 

 あの化け物みたく若い母親の高笑いが頭の中で過ぎるが、ガウィナはさっさと話を進めてしまう。

 

『女王陛下の話は聞いている。確か、〈クラブ〉の戦闘会員を紹介して欲しいと? こちらとしてもありがたい。〈連盟〉で交流のある魔術師は、〈戸崎家〉だけというのも味気ないと思っていたところだ。あと、そちらのメールアドレスと住所を教えて欲しい。〈クラブ〉のIDを発行してこちらで送る。あと、メール・アドレスだが・・・・・・・・・〈クラブ〉の〈全戦闘会員〉達は、喜んで君と〈お友達〉になりたいとのことだ。もちろんこの〈私〉も例外無く、貴公とは社交ダンスなんて踊りたい。ちなみに私は長い年月を生きたせいか、〈十二聖別〉の〈銀〉以外は克服し終えたよ』

 

 ――――社交界でお誘いを受けるような甘い口調――――だが、〈踊る〉という単語が、〈戦闘〉と聞えてしまい、〈お友達〉という部分が、〈殺し合い〉に聞えてしまう・・・・・・・・・そして、自分の弱点を曝しておきながら誘っている・・・・・・・・・いやなお誘いだ。

 

『あと、これは個人的な興味なのだが・・・・・・・・・女王陛下はそちらで〈太陽〉を降ろしたはずだが、君は見たかな? 女王陛下が全力に近い〈能力〉を駆使して、粉塵にしてしまった敵を? どんな奴だった? どんな風に倒れた? 女王陛下の足元に及ばず死んだか? それとも名誉を噛み締めて死んだか? どうなんだい?』

 

 紳士的な口調――――だが、電波に乗る狂気にさすがの魔女は言葉を発するために数秒掛かってしまった。

 

「まずは・・・・・・・・・住所とメールアドレスを言います・・・・・・・・・」

 

『あぁ、すまない。今、メモを取る』と、何とか話題を逸らしたが、マジョ子の緊張はピークだ。

 

 〈クラブ〉に目が付くほど有名になったのは、嬉しくなかった。が、クラブのIDさえ手に入れば、戦闘は何とか回避出来る可能性もある。

 

『ふむ。三日後には送ろう――――それより、FAXは受け取ってくれたかな?』

 

 この散らばる用紙のことか――――。

 

『我々が知っている〈墓場〉の〈区域別〉・・・・・・・・・〈門の守護者(ゲート・キーパー)〉八名、〈教会(チャーチ)〉八名、〈死体安置所(モルグ)〉二一名、〈無名墓碑(ネームレス)〉一七〇名、〈王国墓地(キングダム)〉一七四名――――〈天国(ヘヴン)〉はナターシャの家のような〈もの〉だから気にしなくてもいいだろう。読みやすいように区域別に心掛けているが・・・・・・・・・問題はあるかね?』

 

 用紙とインクが切れかかっている以外はと、何とか応えた。

 

『ああ。これは気付かなかった。今度はこちらでファイルして送ることにする』と、何処までも紳士的。

 

『さて? マージョリー? こちらは女王陛下の問題が片付いたが、実は貴公に頼みがあるのだ』

 

 そう前置きし、〈クラブ〉の長のセリフを待つマジョ子は、唾を飲み込んでどんな要求が来るかと構えた。

 

『・・・・・・・・・息子と友達になって欲しいのだが?』

 

 何とも子煩悩な父親的声音で言われ、マジョ子の思考は一気に真っ白になる。その無言の空白に、〈クラブ〉の長は慌て始める。

 

『ダメなのか・・・・・・・・・幾ら出せばいい!?』

 

 頭痛がした。受話器をそのまま切りたい衝動に駆られるが、とりあえず最初から説明を要求すると、今まで紳士的かつ狂的なまでの戦闘者の声が嘘のようにか細くなり、心配性な父親の姿が目に浮かんでしまうほどの情けない声音で語り始めた。

 

『実は、私には娘と息子がいるのだが・・・・・・・・・』

 

 何時から私は電話相談室になったのだろうと、軽く落ち込みながら相槌を打つ。

 

『娘とは何とか仲直りできたのだが、その矢先に息子が〈一人暮らしをする〉と、言い出して聞かないのだよ!? 最初は止めたが、「可愛い息子に旅をさせたら?」と、娘も言い出す始末で・・・・・・・・・しかも、武者修行も含めて〈鬼門街〉に住むと言い出す始末なのだよ!? 身寄りはいない、見知らぬ土地で、息子が学業と交流の両立が出来るかと、心配で心配で・・・・・・・・・・・・』

 

 止めてくれよぉ――――泣きそうな声で言うなよ・・・・・・・・・。

 

『私も断腸の思いだった・・・・・・・・・が、何時かは〈クラブ〉を背負う事となる息子を思って、武者修行を許したのだ・・・・・・・・・』

 

 はぁ・・・・・・・・・と、生返事したマジョ子は、そこでどうしてお友達なのだろう?

 

『「そんなに心配なら私の息子と娘の学校に通わせれば?」と、女王陛下の提案によりガートス家の名前があがったのだ。「もう一週間前には電話番号教えておいたから」・・・・・・・・・そう言われて一週間ほど私室から出ていないのは、少々やりすぎかもしれんが・・・・・・・・・これも息子のためと思うと案外、簡単にできるものだ。本当に心待ちしていたよ』

 

 自分の引き篭もりを誇らしげに語らないでくれ・・・・・・・・・親ばか過ぎる。

 

「そこでどうして〈お友達〉なんて発想に?」

 

『その・・・・・・・・・恥ずかしい話なんだが・・・・・・・・』

 

 既に充分恥ずかしいんだよ、あんたは。

 

『やはり、父親として息子の学友くらいは知っておきたいと思ったのだ。学校行事などにも参加してみたい』

 

 ――――来たがるなよ、〈暴力世界一位〉。

 

『一番楽しみなのは父兄参観日なのだが?』

 

「ありません」

 

 とりあえずバッサリと返答した。

 

『・・・・・・・・・な、無いだと・・・・・・・・・?』

 

 そんなシリアス口調でショックを受けることなのだろうか? とりあえず、補足しておこう。

 

「三者面談くらいじゃないでしょうか? そちらが学校の門を潜るような行事は?」

 

『・・・・・・・・・そうか、チャンスはあるのだな?』

 

 間一髪――――そんな雰囲気が電波に乗ってくる。本当に電話切ろうかな? と、本気で考えていた矢先である。

 

『それより、黄翔(きしょう)高校の教師・・・・・・・・・まぁ、生徒でも構わない。九凪沢(くなぎさわ)という女か――――男でもいいが、そんな姓の人物はいるか?』

 

 うん? 九凪沢先生? どうして〈クラブ〉に繋がる? オカ研部の顧問だし、自分のクラスの副担任が?

 

「いますが? 何か?」

 

『・・・・・・・・・そうか、ありがとう――――これは護衛を付けなければまずいな・・・・・・・・・』

 

 最後の語尾は小さな呟きで聞き取れなかったが、なんだかヤバイ雰囲気だった。

 

『IDは必ずそちらへ届ける。あと、〈クラブ〉の戦闘観戦をしたければ何時でも言いたまえ。〈我々〉はマージョリー君なら何時でも大歓迎だ』

 

 そう言いながら嫌な予感だけを残して電話を切りやがった。掛け直そうとしても今度は誰も出やしねぇことに、マジョ子は九凪沢教師の過去を洗うようにと、部下のメイドに指示を跳ばした後は、ファイル製作に没頭した。

 

 

 

 ローマ。女教皇の塔前。名無しの兵士による映画報告。

 

 画面のスタッフロールが終わり、場面は聖堂地下保管庫――――そこの部分は、さすがに一般兵達の想像力で作られていた。

 何処か禍々しい洞窟のイメージで脚色しているが、本当の地下保管庫は天井にまで届く本棚が並び、ただ本が納められている場所である。

 

(今度、地下の清掃するとき模様替えしよう・・・・・・・・・理想はこんなジメジメの洞窟がいいかな?)

 

 ラージェの心中がもし、カインの耳に届いていたら――――って言っても、脱兎の如く逃げ惑う兵士たちをシャカリキに追い掛け回している最中だが、聖堂の保管している本の材質を無視して、湿気と演出を出そうものなら、本気で怒ったであろう。

 

 セットで作られた神殿には、三冊の本が置かれていた。

 

 左側に置かれている本は、人間の胸骨をハードカバーにし、人間の皮膚がページとなっている本。

〈ブーネ聖典〉と呼ばれ、著者は〈ファラオ〉と呼ばれる禁域至った屍人が書いた〈墓場の巫女〉付いての書記。開いただけで、死者が蘇生し、生者は死ぬと言われている一冊。

 

 右側に置かれている本は、単純にファイルだ。ただし、血が乾いた黒点が多数見える。

〈現代科学と魔術学によるホムンクルス精製ファイル〉と、書かれたファイルは著者、〈セフィロトの木〉のプロジェクトを立ち上げた人物。つまり、如月駿一郎の父親に当たる人物が書いたファイル。

 

 そしてその中央――――純白の一冊。タイトルは魔神の書――――著者には一文字こう、書かれている。

 

真神正輝と書かれたその本を少女(代役)は手に取ると、背後にいる巻士に振り返る。

 

『目的の物は手に入ったわ。そっちは?』

 

『俺も見つけた』

 

 言いながら巻士(本人)は持っている一冊の本を少女に見せる。

 

 タイトル、原罪の魔王――――――――著者・・・・・・・・・真神郷華。

 

『これで私の目的は果せるわ』

 

『こちらの約束が先だぞ?』

 

『ええ。もちろん。それじゃ、行きましょう』

 

 少女は眼だけ笑わず、巻士の横を通り過ぎる。その少女を追わずに、一人残された巻士は深く目を瞑った。

 

『これであいつは――――』

 

 そこで画面は暗転した。

 そして、書き殴られた白い文字は――――to be continue・・・・・・・・・・。

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 隣に座っていたディアーナは(まぁ、こんな落ちだと思った)と、溜息を吐いてソファーから立ち上がろうとする。だが、ラージェは小さな肩を震わせ、歯を食い縛って地団駄を踏んだ。

 

「気になります! 続きがー!」

 

 そしてこのお話もto be continue。

 

 

 第三章に続く。

 

 

 NOVEL TOP